ミヘルスの政党制批判論
Robert Michels' Critique of Political Party System
20世紀初頭のドイツを代表する社会学者、ロベルト・ミヘルス(1876〜1936)は、議会制民主主義における政党制の問題を総合的かつ詳細に分析した不朽の研究である『政党社会学』で知られる人物である。
とりわけ政党制を根本的に批判した政治学上の名著『現代民主主義における政党の政治学』(1910年刊行)においては、主に議会制民主主義が政党組織やその代表指導者によって組織されるという側面が指摘され、そこから必然的に寡頭的専制に至る性格を免れえないという結論を導いている。これは別名「寡頭制の鉄則」という言葉で知られるところとなっている。
組織が多くの成員を獲得すればするほど、金庫が一杯になっていけばいくほど、機関紙が伸びていけばいくほど、組織内の多数支配は排除され、委員会の全能がそれにとって代わる。いたるところで、間接選挙が根を下ろす・・・・間接選挙が党生活の狭い枠内では、国家のより広い地域におけるよりも、いっそう多くの有害な影響を及ぼすことは明らかである。すでに7回の党選挙のふるいにかけられた会議ですら、重要な問題はますます頻繁に、委員会の暗室で行われる。(第1部C―第1章)
まず第一に、強固な組織は、管理上または戦術上の理由から、強固な指導者層を生み出す・・・・今日では、その大部分が職業的政治家によってとって代わられた。現代の政党の発展にともない、組織が強固な形態をとればとるほど、暫定的な指導者はますます職業的指導者にとって代わっていく。すべての大きな党組織は、党の仕事に専念する一定数の人間を必要とする。多数は少数の個人に委任し、それらの人々は全権にもとづいてつねに多数を代表し、業務を処理する。(同上)
組織の拡大にともなって管理の任務が増大するばかりでなく、一目で見渡すことが困難になり、義務範囲が拡大し、ますます分岐する。増大していく運動に課せられる仕事の量とならんで質が、さらに分化を促進させるように作用する・・・・成員たちは次第にますます個々の管理業務をみずから規制したり、点検したりすることさえ諦めねばならなくなる。彼らはこの仕事を、そのために任ぜられた委託人、有給職員に任せ、自分たち自身は非常に簡単な報告や監査人の任命とに満足しなければならなくなる。民主主義的コントロールの及ぶ範囲はますます狭いものに収縮していく・・・・複雑な構造をもった強力な建造物ができあがる。権限が分化し、分業の原理にともなって、さらに新たに分化してゆく。厳格に規定された多くの階層序列をともなった官僚制がそこで形成される。そしてこの階層的な審級の序列を厳守することが、党義務に関する教義要理の第一条となる。階層序列は技術的な必要性の結果であり、党機構が規則正しく機能していくための不可欠の前提条件となる。 この限りで、党組織の寡頭制的・官僚制的傾向は、疑いもなく実際上の必要性に起因する。(同上)
党組織の指導者を決定的に被指導者である一般大衆の上に立たせ、大衆に指導者を不可欠にさせる専門知識は、指導者が議員として議会で獲得する熟練度や社交的な駆け引き、とりわけ委員会で身につける特殊な技術によって、さらに補強される・・・・そこで身につけたコツを、指導者はおのずからまた党活動にも適用するようになるが、それは起こりうる反動勢力を制圧することを容易にさせる。会議の運び方、業務規則の適用と解釈、適当な時機を見計らっての決議の提出といった技術、簡単にいうと重要な争点を議論から外したり、あるいは自分に反対感情をもった多数派を自分に好都合な投票にもっていかせたり、最悪の場合でも彼らを沈黙させる手腕にかけては、彼は名人となる。目的のための手段には彼は事欠かない。すなわち、大衆の愚鈍や臆病さを計算に入れたずるがしこい投票方法、あるいは投票に際しての本質的な点を隠蔽したり削除したり、巧みな問題提起から本題とは関係ないが非常に強力な印象を与えるような当てつけによって、大衆に暗示的な影響を与えることに至るまで、さまざまな手段がある。党の集会や大会での報告者、専門的な意見の供述者としての彼らは、自分たちが扱わなければならないテーマのごく秘密の逃げ場さえ知っており、脱線やもって回った言い方や巧みな用語法の技術によって、単純で自明な問題をも、自分だけがその解決の鍵を握っている神秘にと変えてしまう術を心得ている人間である。このようなものとして、本来ならば政治的事柄を大衆にわかりやすく明確に伝える「理論的解説者」であるべき彼らは、大衆にとって近寄りがたく、技術的に制御しきれない存在となる。(同上)
さらに別の金権政治的な性格の支配は、自分の機関紙を維持していくだけの財政力を持たず、それゆえ富裕な党員に金銭的な援助を請わなければならないような党の機関紙にも現われる。その結果、これらの資金提供者である党員は、党誌の株主としておのずから編集の仕方に異議申立て権をもつようになる・・・・こうして、財力のある党員が、自分の金を党の目的に使うことから生じる特殊な形態の財政的勢力が、しばしば党内に形成される。(第2部第1章)
国家を一生懸命支えているのは、国家からしこたまもらっている奴らだけだ!
この文句には、大きな誇張と並んで、真実の核心がある。国家という言葉の代わりに党という言葉を置き換えるならば、同じ正当さをもって、同じ詩句を引用できるだろう。党への、つまり党における多数者を代表する指導者への、財政的依存は、多くの点で成員を組織に鉄の鎖で結びつける。より高度の財政的依存は、しばしばまた、成員の感情をも決定する。議会から何ら手当を支払われていない所属議員の生活の面倒を党組織自体が見てやっているところでは、議員である組合指導者と党役職員は、自分をそのようなものとして、つまり自分は党から養われている党人であると、組合から支給を受けている組合職員であると強く感じる・・・・」(同上)
地方の党支部がその地方選出の議員とその随伴者に従い、普通の議員が翻って議員団指導者に従うのと同様、党大会では代議員の大多数は党の大指導者に従うのが通例である。(第2部第3章)
指導制の形成とともに、指導者の閉鎖的カースト化が直ちに始まる。それは長期の役職期間によって促進され、指導者たちがお互い自分たちを互選し合うという形でその完成をみる。(同上)
一つの権力思想であるところの、党組織の中央集権思想は、その時々の現実的な形の国家形態を支援する。
(第2部第4章)
指導者間の闘争は、言論と思想の自由にとって、永続的な危険を生み出す。よく秩序のとれた、戦闘力のあるすべての民主主義的組織のなかに、少なくとも党内活動に関するかぎり、われわれはこのような危険をみいだす。党権力を握っている指導者は、自分たちと見解を異にする同僚の見解の表明を、できるだけ窮屈に押さえ込もうとする自然的傾向を隠そうとはしない。それゆえ権力の持ち主は、規律と服従を極めて熱心に唱導しようとし、彼はこれらを党そのものの存在にとって不可欠の要請であると説く。(第2部第5章)
・・・しかしもし古い指導者がおじけづかず、確固として持ちこたえている場合には、若い指導者たちは突如闘争を中止し、別の手段によって同じ野心を実現させるために、ついさっきまで論戦しあっていた権力者のお先棒をかつぐのがつねである。 若き指導者候補者に対する闘争においては、古い指導者は通常ただちに大衆の支持を勝ち取る・・・・それゆえ新来の党員は、激しい論難を浴びまいとするならば、自分の考えをはっきりと打ち出せるまでに、長い検疫期間を耐え忍ばねばならない・・・・したがって党機構の歯車装置に組み込まれない党員も、ごくまれにしか勢力をもちえない。このような事態が、党の側からきわけて頻繁に悔やみ事が述べられているように、有能な後継者の明白な欠如という減少を生み出すのに大きく作用したことは疑いがない。(同上)
重要な法案が提出されると、この委員会は幹事会を召集し、当該の法案を投票するに当たって党の各議員がとるべき行動をひそかに決定する。幹事会の決定は党の全成員を拘束する。幹事会の権威に逆らう人間は、その会期期間中には直接的な処罰を加えられないが、極度に自律独立的な議院は次の再選期には確実にその議席を失う・・・・重要な法案をめぐる特別刺激的な時期においては、議員は幹事会の決定に対する服従ばかりでなく、承認された党指導者の権威への個人的な服従が要求される。(同上)
組織が大規模になるにつれて、大原則のための闘争は不可能になる。今日の民主主義的政党においては、大きな意見対立が原理原則の観点から純理論的な武器で持ってとことんまで闘わされることがますます少なくなり、それゆえたちまち個人的な口論へと堕し、ついにはうやむやのうちにまったく表舞台から退けられてしまう、といった現象が目撃される。「内輪のもめごとを外部に対してひたかくしにし、何事もないかのようにとりつくろう政策」は、官僚的組織と、できるだけ多数の新メンバーを獲得することを再優先の目的とする宣伝活動にとって、不可避的なものである。自分たちの陣営内の理念をめぐる闘争を、最重要課題の解決を妨げる好ましからざる妨害とみなし、あらゆる手段を使ってできるだけ回避しようとするからである。このような傾向は、政党の議会主義的性格によって強化される。議会主義とは、できるだけ多くの投票数を獲得しようとする努力を意味する。そして党組織は、できるだけ多くの党員を獲得しようとする努力を意味する。(第6部第1章)
民主主義政党に寡頭制が生じてくる原因は、もう一度簡単に要約すると、次のようになる。すなわち指導者が相互に自分たちを組織化し連合する傾向をもち、大衆がまったく一般的に精神的に鈍感だという点を度外視すれば、寡頭制の主要な原因は、指導者の権勢欲および説くに指導者の技術的な必要性にある。業務の分化とともに始まる過程は、指導者が自分自身を一般大衆から解放することによって身につける一連の特性によって完成される。はじめは自然発生的に生じるが、その仕事を無報酬的かつ兼業的に行っている指導者が、職業的になる。この第一歩に、つぎの第2のステップがつづく。職業的指導者層の誕生は、安定した不動の指導者層の発生の前兆にすぎない。
(第6部第3章)
それゆえ一切の党組織は、民主主義的基盤に立脚した寡頭制を形成している。いたるところに、選ぶ者と選ばれた者がいる。しかしまたいたるところに、選ばれた指導者の選ぶ大衆に対する、ほとんど無制限の権力がある。上層部の寡頭的構造が、民主主義的基盤をおおってしまう。「〜である」という事実が、「〜すべき」という当為を圧倒する。
(同上)
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