




<緑の党の発足>
緑の党は、環境運動、平和運動、そして反議会制(直接民主主義)政治運動の三つのルートを基にしている。
環境運動は、第二次世界大戦後の経済復興のなか、1970年代に急速な経済成長の負の側面がすでに指摘され、環境運動がさまざまな地域で起こった。一方で平和運動においては、冷戦時代にNATOがソ連のミサイル配備に対抗するため欧州に巡航ミサイル(パーシングU)を配備しようとし、欧州の市民がそれに抗議した。この環境運動と平和運動の間隙を埋めるものとして、反原子力運動が起こった。この運動は、原子力発電と原子力兵器の双方に反対するものである。さらに反議会制(直接民主主義)政治の運動は、議会制政治は腐敗しており、もはや議会が問題を解決することはできないから、草の根民主主義ともいうべき方向を目指すことから始まった。1960年代にニューレフト運動(68年革命)が起こり、政党政治を批判した。
これら三つの運動は、1960年代に起こり70年代に広まった。70年代の終わりには、議会制政治に絶望しつつも、世の中を変えるには逆に政治システムの中心に入っていかなければというシフトが起こった。つまり、片方の足でしっかりと草の根民主主義に立ち、もう片方の足で政治の中心に入って戦うというものである。結論として、緑の党を結党することになった。しかし重要なのは、この新しい政党は、「反政党的政党」(ペトラ・ケリー)の立場から、既存の政党とは異なる型のものでなければならない。

<緑の党の特徴>
では、この「反政党的政党」とはどのような政党であるべきか?ジェンダー・バランス、ローテーション、ノン・プロフェショナル、ノン・リーダーという四つの特徴が挙げられる。
ジェンダー・バランスとは男女の比率が半々であること。選挙立候補者のリストも男女半々であるし、役員も同様である。議会での議論も、時間は男女が半分ずつ割り当てられているから、一人の男性が多く話せば、次の男性は話す機会がなくなる、といった具合である。しかし、女性組織を作ろうという案が時々出てきて、これは男女平等であれば女性組織など必要ないわけで、まだまだ平等が達成されていない証である。ジェンダー・バランスについてはまだ奮闘努力が続いている。
ローテーションとは、議員の任期に制限を設けることである。ドイツの緑の党は大変急進的で、4年の任期中、2年毎に議員を入れ替えていた。スウェーデンの緑の党は、このやり方は現実的ではないので、2回までは再選可、つまり12年間は議員として在職できることとしている。今ではドイツの緑の党は任期制限を取り払い、3回でも5回でも再選できる。スウェーデンでは12年任期が続いており、私もこの犠牲者である(笑)。緑の党から欧州議会(任期は5年)の議員になり10年任期を勤めて辞めなければならなかった。同僚のドイツ緑の党の議員はすでに任期3回目なのに(笑)。しかし、私はこれでいいと思っている。議員としての10年のキャリアで私は十分に学び、力をつけた。その後は別の形で貢献していくべきなのだ。
ノン・プロフェショナルとは、儲けすぎないということである。ドイツ緑の党は本当に革新的で、緑の議員はドイツ人の平均給与より多くもらってはいけないことになっている。われわれスウェーデン緑の党は現実的で、この方法は長くは続かないと判断し、給与はもらえる分もらってもよい、ただし他の手当ては緑の党に寄付することにしている。ドイツ人のぺトラ・ケリーが講演に来ても、彼女は講演料をもらうわけにはいかなかった。
ノン・リーダーとは、2人または複数名の代表制にすることである。欧州のほとんどの緑の党は、2人の代表を置いている。これにはリスクがあり、たとえばドイツの例では――私はドイツ緑の党が好きであり、ドイツは革新的なのでいつもよい例として取り上げている―-―政党の代表を2人、国会議員団代表を2人、つまり4人代表制を採っている。さらにマスメディアが真のリーダーを選ぶので、結果として5人代表制になる。この5人目はたとえばヨシュカ・フィッシャーで、彼は緑の党と社会民主党の連立政権時の外務大臣だった。既存政党とは異なる政党の特徴として、この2人代表制というのはもっとも顕著な特徴である。マスメディアは1人の党首(代表)がほしい。この社会的な要請もあるが、しかしスウェーデン緑の党は、2人代表制を20年も続けてうまくいっている。現在の2人の代表はメディアへの露出も、党内での仕事も平等に行っている。
<緑の党への非難>
緑の党への非難の一つは、シングル・イッシュー政党であるという点、つまり環境問題しか扱わない政党であるという点だ。しかし、メディアのこの非難は間違っている。グローバル・グリーンズ憲章でも36課題を掲げているし、緑の党は経済、産業、社会政策、健康、外交などほとんどすべての分野を網羅している。
二つ目の非難は、左か右かを選ばないという点だ。欧州政党政治の伝統では、労働者と産業界という対立軸によって左派と右派とに別れている。左派は国家の役割を重要視し、右派は市場経済に重きを置く。しかし、左派も右派も、国家と市場のどちらにも依存している点に変わりがない。われわれは、第三のポイントである「自己決定」を重要視したい。もっと分かりやすく図示すると、たとえば左派も右派も経済成長を支持している。しかしわれわれは経済成長がゴールではなく、それと環境とのバランスが大事であると考える。次に「生活の量」というポイントである。右派も左派も生活の量(生産、消費、廃棄などの量)を増加させることを望んでいる。しかしわれわれは量よりも「生活の質」が大事であると考える。さらに労働である。左派も右派も、もっと沢山働くことを支持している。それに対し、われわれは少なく働こうとする。これら経済成長、生活の量、多くの労働をひとまとめにして、物質主義社会(Materialism)という。しかし、われわれが支持するのは、バランス、生活の質、少ない労働という、脱・物質主義社会(Post-materialism)である。イングルハートによれば、西洋工業社会の15−20%の人々が脱物質主義社会を支持しているという。
三つ目の非難は、緑の党の主張は西洋の工業化された豊かな社会では当てはまるが、貧しい国々からの支持が得られないという点だ。しかし私は次の点からこれに反論する。第一に、1992年にブラジルのリオで地球環境サミットが開催されたとき、ラテン・アメリカ、アフリカなど多くの発展途上国が参加した。これらの国々の人は、大方が私と同じ考えをもっていた。また、緑の政策はアフリカやアジアで大きな支持を得ている。アフリカではケニアの環境副大臣のワンガリ・マータイ氏がグリーンベルト運動でノーベル平和賞を受賞した。インドの緑の活動家ヴァンダナ・シヴァは、農民の出身である。これらのことから、私はスウェーデンと同様にアジア・アフリカの国々でも緑の政策が支持されていると思うし、アジアの工業化されたお金持ちの国・日本でも、ぜひ緑の政治が花開くことを信じている。

<質疑応答>
Q1.日本で環境政党・緑の党をどうしたら実現できるのか?
A1. 第一に忍耐が必要だ。スウェーデンで緑の党が発足した1981年、われわれは議席をとれず、82年に地方選挙で勝ったのみだ。それでもあきらめずに、3度目の挑戦で1985年についに国会で議席を得ることができた。そして地方によく足を運んだ。スウェーデンの80%の地方議会を訪れて活動し、今では250の支部が全国にある。さらに組織票をあてにせず、個人に働きかけたこと。NGO相手でも組織に頼むといろいろ問題が多いので、地道に個人をターゲットにして支持を得た。また地域的なアプローチは重要だ。地方には緑の党が関心を寄せる環境問題が山積しており(たとえば道路やダムなど)、地域の人々と環境問題を一緒に解決していく姿勢が大切である。最後にマスメディアの重要性。全国メディア(新聞、テレビなど)に取り上げてもらうのは難しいが、地方のメディアはいつもニュースになる題材を探している。だからどんどん話題を提供し、まず地方のメディアに掲載してもらい、いつのまにか全国のどこにでも緑の政策が広がっている、という状況を作ることだ。
Q2. どんな個人をターゲットにしたのか?
A2. 貴女のような若い女性(笑)。実際、若くて活動的な女性が緑の党には非常に多い。もちろん私のような男性の年寄りもいるが(笑)。さらにNGOで活発に活動している人達もリクルートする。スウェーデンの人口は900万人で緑の党員は約8000人。欧州南部の国々では人口がスウェーデンの10倍近いけれど党員は1万人程度だからスウェーデンは多い方だ。労働党は以前は200万人の党員がいたが、今では数千人だ。
Q3. 原子力問題について、地球環境問題を解決するためにはやはり原発が必要だと思う。フィンランドも原子力発電を主要電源のひとつとして認めた。この点についてどう思うか?
A3. フィンランドではこの国会での決定が緑の党を政権から離脱させるきっかけとなった。フィンランド政府のこの決定が人々によるものか政府によるものかは分からない。政府のあと5基の原発を建設するという決定により、緑の党はこれに反対して去ることになった。私は地球環境問題のために原子力発電が必要だという議論に反対だ。第一に、現在の化石燃料発電を原子力発電で代替しようと思ったら、何千基もの原発が必要であり、原発が増えれば増えるほど、そこから発生する危険性は高まる。1986年のチェルノブイリ事故、最近は日本でも原発事故が起こっているが、原子炉の数が増えれば、その分リスクも増える。第二に廃棄物の問題がある。いまだ放射性廃棄物を安全に処理する技術は確立していない。廃棄物を埋設するしかなく、それはスウェーデンも同様であり、これは大きな負債とリスクを将来に残す。第三に原子力兵器の問題。原子力発電の知識は武器の製造に直結している。近年のイラン問題に見られるよう、欧米諸国がイランの原子力平和利用を認めないのは、原子力発電技術が武器をも生み出せることを知っているからだ。第四に代替の自然エネルギーの開発。太陽の莫大なエネルギーを何とか使えないか。または森林の生物エネルギー。私は技術に関しては楽観的で、私の世代では無理でも、次の世代には太陽エネルギーを大量に電気に変換できる技術が開発されることを信じている。
Q4. 日本の環境政策には何が足りないのか?マータイさんの「もったいない」という言葉に見られるよう、日本人には脱物質主義の人々が多くいると思う。しかし、緑の党はない。国と市民とのパイプ役が欠けている。
A4. 私は日本に来たのは初めてなので、日本の環境政策にあまりなじみがない。しかし、読んだ本などから得た情報として、まず日本には緑の党がない。この事実は重要だ。緑の党が大きくなると競争が起こり、ほかの政党が、緑の党の掲げる課題を取り上げるようになる。こうして、緑の党の扱う課題が共通の課題となる。ほかの方法として日本にも適用できるのは、情報のアクセス。日本は官僚社会で情報へのアクセスが制限されている。スウェーデンでは1766年に情報にアクセスできる法律ができた。これにより、一般の人のアクセスは少ないかもしれないが、活発なメディアがこの法律を活用し、秘密にできる情報はなくなった。
Q5. 自己決定とは何か。日本では右派と左派の間に中道があるが、これとは違うのか?また、緑の党は企業献金をもらっているか?
A5. 最初に二番目の質問について、企業献金はもらっていない。緑の党に献金する企業はないので(笑)。次に、自己決定について。欧州の中道政党は国家と市場の両方を支持している。以前は農民党があり、この政党は反原子力の環境政党であったが十分ではなかった。自己決定とは――緑の党に反対する者たちは、100年前の生活に返れという非現実的なことだと非難するが、そうではない――自給自足の生活に戻ることではなく、自分の生活をもっと自分自身でコントロールする部分を増やすということだ。われわれは、理由の如何によらず一年間のサバティカル(長期有給休暇)をとれる法律を提案し、採用された。伝統的なほかの政党は、働かないことを非道徳的で時間の無駄だという。しかし何千人もの人がこれを支持し活用している。
先ほどの左派、右派の説明をもっと単純にするならば、左派は市場を否定しているのではなく、国家も市場も必要であるが、国家の領分を増やしたいとする。右派は国家より市場の役割を増やしたい。それと同様に、われわれも国家と市場をまったく廃止したいわけではない。それらに加え、自己決定、つまり自己で決定できる範疇を増やしたい、と主張しているのだ。