WTOと「民営化」問題
〜「新自由主義」経済政策に対する世界の「緑の政党」の立場〜
今本 秀爾(エコロ・ジャパン代表)
0 はじめに
昨今、全国の自治体行政の津々浦々で「行政サービスの民営化」の嵐が吹き荒れている。国政レベルでも、すでに実現した電話電信事業、国営鉄道事業の民営化を皮切りに、「郵政3事業」の民営化議論が盛んである。しかしこれらは何も最近のわが国に特有の現象でも問題でもない。その背景には、80年代以降の欧米における「小さい政府」「市場主義経済の発展」を掲げる「新自由主義」ないしは「新保守主義」(いわゆるネオコン)の基本姿勢に則った公共政策路線があり、いわば「行政サービスの民営化」は、それらがレーガンやサッチャー政権を筆頭に、世界的に次々と導入されていったことに端を発する、「経済的グローバリゼーション」の一環といえる。
「新自由主義」の公共政策は、@社会保障費や雇用・賃金を削減し、労働分配率を押し下げることで、企業収益を増大させること、A民営化での不生産的部門の整理による生産の効率化を図ることが中心となっている。90年代のメージャー政権前後から、イギリスで本格的に導入されたNPM(新公共経営論)=PFIやエージェント(独立行政法人)などのアウトソーシング政策の導入=は、まさにこの方針にもとづいている。
そして「新自由主義」は、現在の世界経済市場における主潮流となり、各国の経済政策を席巻している。ウルグアイ・ラウンド以降のWTO、世銀やIMFといった国際機関が次々打ち出してきた各種の政策や協定、ルール化は、すべてこの基本姿勢に沿ったものである。
1 GATSによる「サービス自由化」促進政策
その典型の1つが、WTO(世界貿易機関)の設立を提唱した「マラケシュ協定」における多国間協定である「サービス貿易一般協定(GATS)」の存在である。
このGATSとは、かつてのGATTの流れを受け、政府の権限行使として提供されるサービス(国営独占の場合の電力、水道事業等)以外のすべての「商業ベースでなく、競合関係にない行政サービス」、具体的には実務、通信、建設・エンジニアリング、流通、教育、環境、金融、健康・社会事業、観光、娯楽、運送、その他の計12分野におけるあらゆるサービスに適用される国際共通の「貿易自由化ルール」である。
WTOルールは基本的に、例外なき世界共通の規制緩和、関税の撤廃、市場経済貿易と自由化の促進を推し進める原則である。そしてGATSの自由化交渉は、労働移転や移住などに伴う人の移動、金融サービス、電気通信(テレコム)事業、航空運送・海運サービスと、95年以降、それぞれのラウンドで分野別の個別交渉が立て続けに進められてきた。
自由化は基本的に多国籍企業の内外での貿易および営利活動の自由を保証し、それに関わる障害を除去しようとするグローバルな経済政策である。したがって、企業活動が実施される地域の環境保護や先住民の権利、食糧の安全性や地場産業、コミュニティの維持といった側面は二の次に回される。
そしてこのままゆけば、病院などの医療機関の経営、学校機関における義務教育課程、さらには電気・ガス・水道事業などのインフラ事業についても自由化が推し進められ、民間事業者の参入と商業ベースでの競合体制を各国が許容することを強いられるといった流れが予想される。そして昨年京都で開催された「世界水フォーラム」や、ヨハネスブルグで開催された「地球サミット(リオ10)」で討論のテーマとなったように、すでにアフリカ諸国では、政府や自治体による水道事業の民営化により、商業ベースで有料高額の配水システムが敷かれ、生活に必需である飲料水にアクセスできない人々が急増しつづけている。
2 SAPsによる「民営化」促進政策
第2の典型は、1980 年代債務危機に陥ったラテンアメリカ諸国に対して、IMF
(国際通貨基金)が短期の救済融資を行った引き換えに債務国に課した「構造調整プログラム」(SAPs)の履行義務である。
このプログラムの特徴は、政府が財政から債務を返済するために、公務員の人員削減もしくは賃下げに始まり、各種補助金の廃止、教育、保健、福祉など民生予算の削減、付加価値税などの増税といった緊縮財政政策を迫った。その結果、政府の公共サービスが低下し、物価が上昇し、そのツケが貧困層へのしわ寄せとなった。またこのプログラムにより各種の規制緩和、金融・投資・貿易の自由化、国営企業とサービス部門の民営化が押しつけられ、多国籍企業をはじめとする外国資本による企業買収が加速化した。さらに主要先進国通貨に対する現地の為替レートが大幅に切り下げられ、これが多額の債務返済をさらに困難にさせることとなった。
これに準じて、世銀(IBRD)がアフリカ諸国に対し、債務国に「構造調整融資」を行い、その結果、アフリカ諸国は長期的かつ膨大な債務危機に陥ることになった。
3 FTAによる「貿易自由化」促進政策
さらに第3の典型として、EU,NAFTAやFTAAなどのいわゆる「相互非関税地域」を創設するための「FTA(自由貿易協定)の設立と促進」といった世界的傾向が上げられる。日本政府もこれに倣い、シンガポールとの貿易自由化交渉を締結させたほか、ASEAN10カ国で構成されるAFTAやメキシコ、韓国との自由貿易交渉を水面下で進めている。
しかしこれらの貿易自由化は同時に、多国籍企業の投資の自由化、投資保護、企業の損害賠償請求権といった活動保護、利益保護をエスカレートさせることに多大な貢献をなしている。過去にはたとえば、メキシコの大型公共事業プロジェクト(大型ダム開発)に対して、現地の自治体(州)政府が環境保護の観点から中止を求め、工事が凍結していたが、企業がNAFTAに訴えたため、工事続行の許可に加え、メキシコ政府が工事受注企業に多額の損害賠償金を支払う結果となったというケースも報告されているそうである。
4 以上の日本社会に対する影響
以上のようなWTOルールやFTAによる悪影響は、今やLDC(後発開発国)に特有の問題ではなくなっていると言うべきである。民営化の結果、公共サービスが営利ベースとなり、補助金がカットされ、すべての基本サービスが独立採算制のもとに打ち立てられると、先進国においても貧困層が受けられるサービスへのカットが加速化し、構造的失業者やホームレスが急増し、消費者物価と家計におけるエンゲル係数が上昇するとともに、犯罪が激化し、治安がさらに悪化する恐れすらある。
さらに安い輸入木材の大量輸入の結果、廃業寸前に追い込まれているわが国の林業を筆頭に、貿易自由化の波は、日本の第一次産業に大きな打撃を与え続けていることが象徴的である。それどころか、森林の間伐や手入れが進まず、手つかずのまま放置される結果、かえって土壌の弱体化が進み、土砂崩れや洪水、堤防決壊などの2次、3次災害を発生させているといった悪循環も、全国至るところの森林で現に起きている事実である。
また農薬づけの作物や遺伝子組み換え食物の大量輸入など、貿易自由化の促進により、食の安全がないがしろにされるだけではなく、たとえば中国の人民元が切り上げられれば日本の輸入食料品が高額になり、日本の消費者物価が高騰するという予測が現実のものとなっているように、私たちの基本的な消費生活が国際貿易の動向に今まで以上に大きく揺さぶられることになる。
今後継続される個別的・包括的貿易交渉と連動して、通信事業や病院経営、福祉・介護施設の民営化をはじめ、日本にもこうした国際的な自由化の流れが次々と押し寄せている。したがって自治体行政関係者も新たな国際ラウンドやGATSの交渉の動きは注視していく必要がある。
5 WTOに対するグローバル・グリーンズの立場
ならば、こうした「新自由主義」政策導入という世界的傾向に対して、緑の党をはじめとする世界の緑の政治勢力は、いったいどのような対抗策を提唱しているのであろうか。
たとえば2001年にオーストラリアのキャンベラで発効した、グローバル・グリーンズ憲章(世界緑の憲章)には、次のような条項が明記された(以下、「政治的行動」第5章より引用)。
緑の人々(ザ・グリーンズ)は、
5.1 水などの生活必需品は、公的運営や管理により維持されねばならないこと。また、文化、基本食糧の入手、公衆衛生、教育、および自由なメディアは、国際市場協定に従属するべき「商品」ではないことを確認する。
5.2 国連環境計画(UNEP)、国連開発計画(UNDP)、地球環境ファシリティー(GEF)を統一機関に統合し、世界環境機構を創設し、そこで地球規模での持続可能な発展を促進させるために、資金調達や制裁力を行使できるよう支援する。WTOはこの統合組織の決定に服さねばならない。
5.3 世界銀行とIMFが改革され、双方の会員資格や意思決定が民主化され、その諸活動が持続可能性の諸原則および人権や労働権、さらには環境保護に関するあらゆる国際間協定に従わない限り、世界銀行とIMFの廃止を支持する。
5.4 WTOが、透明で民主的な手続きと被害を受けているコミュニティの代表者の参加によって支援され、持続可能性をその中心的な目標に据えるべく改革がなされない限り、WTOの廃止を支持する。さらにWTOの排他的競争により生じた紛争解決メカニズムを除去するため、権力の分割がなされねばならない。何らかの新しい方針が採択される前に、これまでの交渉ラウンドに対する持続可能性の影響評価が必要である。
5.5 WTOの規則にもとづく、地域間もしくは半地球規模での新たな貿易および投資協定――たとえば懸案中のアメリカ自由貿易協定など――の実施を阻止するよう働きかける。ただし国民の福祉および環境維持可能性を保証する諸国間の統合プロセスについては、これを支持する。
以上よりグローバル・グリーンズの立場は、WTOは組織的な民主化と透明化、持続可能な政策への方向転換を行わない限り、廃止すべきとの立場である。さらにその代替案として、憲章では以下の条項が盛り込まれている。
5.6 金融および経済諸機構ないしは組織が、あらゆるレベル(地域、地方、国家、国際レベルで)コミュニティを維持する環境維持可能な諸計画を育成・擁護し、ひとつの世界環境を創造する。
5.7 環境および労働条件、健康に関する国際協定が、取引に関するあらゆる国際ルールに優先されるべきことを要求する。
5.8 トービン=ヘンダーソン税および他の諸手段を実施し、投機的国際金融取引を減少させ、実質経済における投資を援助できるよう働きかける。さらには地球規模の開発における公正さを促進させるための基金を創設するよう働きかける。
5.9 諸企業に対し、自国のもしくはそれらが活動している国々の、環境または労働および社会に関する法律のうち、いかなる場合でもより厳しい法律事項に従うよう、要求していく。
5.10 すべてのグローバルな諸機関、とりわけ国際間取引の原則を規定する重要な役割を担う諸機関が、持続可能な開発の原則をあくまでも支持するよう、さらにはこの目標を完全に実現するため、文化の変容に見合うトレーニング・プログラムを追求するよう働きかける。
5.11 透明化された、社会福祉と同レベルの説明責任を条件とする企業の厚生事業を求めるとともに、環境上および社会上の破壊活動への助成を、すべて廃止させる。
5.12 市民の起業活動の発展を支援し、経済的グローバリゼーションにより生じた社会排除への対抗手段として、コミュニティ・ベースの経済を促進させる。
(以上、今本訳/ 憲章全文は http://www1.kcn.ne.jp/~imashu/Chartergreens.htm
に掲載。また憲章原文(英文)は、http://www.global.greens.org.au/Charter2001.pdf からダウンロード可能)
以上により、 貿易の自由化に際しても、持続可能の原則により、地域住民の生存権、環境権、労働権といった基本的人権を保障し、環境影響評価を確立させることが、基本的な世界のグリーンズの主張であると受け止めてよいだろう。
6 WTOに対するヨーロッパ・グリーンズの立場
さらに世界の緑のなかでも国際的課題に対していち早く政策提言を公表している、ヨーロッパ議会の緑の党会派連合(EFA)も、短期的戦略として「WTO改革のための10か条」を発表している。
(以下は今本訳、太字部分も原文どおり。英文原文は http://www.greens-efa.org のサイトに掲載)
1 2005年までは、いかなる包括的貿易交渉(ラウンド)も、直接海外投資、競争、政府調達における「透明性」といった分野に対して、新たな多国間貿易交渉を始めるべきではない。
2 現存するすべてのWTO協定は個別に見直しが必要であり、経済的、社会的、環境的影響の徹底評価が必要である。さらにWTOの基本目的として、貧困の削減を含めた、真の持続可能な発展を位置づけるための規定および再構成が必要である。
3 公共政策分野については、通商貿易協定による攻撃から保護されねばならない。とりわけ、憲法、治安、教育、文化、エネルギー、食と水の安全、社会および公共サービス、公共交通、環境および動物保護といった部門は、非―貿易政策対象を無効にする国際自由貿易ルールに服させてはならない。
4 フェアトレードはフリー・トレード(自由貿易)ではない。WTO加盟国中、事実上の多数を構成している開発途上国および後発開発国(LDP)は、貿易ネットワークにおける合法的立場を与えられねばならない。フェアトレードの考え方は、貿易ルールは先住民の権利を含む、基本的人権および労働者の権利を承認し、尊重すべきことを要求するものである。
5 WTO組織の有意義な民主主義的管理体制が構築されねばならない。私たちは自己決定権および国際的な商業取引について知り、判断する権利を持つべきである。そのためには、現職国会議員による嘘偽りのない法案チェック体制の構築が必要である。あらゆる貿易取引の交渉権は、国会議員もしくは地方議員によって前もって明示されるべきであり、その結果も議会に報告され、交渉権の規定を満たされたかどうか判定される必要がある。たとえば、ポルト・アレグレでの世界社会フォーラムに代表される、市民による社会運動組織および議員の声に、私たちは耳を傾けるべきである。
6 農業における優先対象品目を改めるべきである。農業協定の対象品目の改善は、EU共通の農業政策の改革と連携して実施される必要がある。双方はともに「大量貿易」的アプローチを脱し、「持続的・統合的な地域政策」に向けて再編成されることが必要である。またその際に、地方・地域の食料生産とその分配との統合、および食と水の安全およびその管理が重視されるべきである。
7 人間にとっての必需品は単なる商品として扱われてはならない。微生物を含む生命体の商品化は、すべての国家および国際的政治機関において禁止されねばならない。そして生物多様性、食の安全、地域住民の権利を保護し、遺伝子組み換え商品に対する民間企業のアクセスを抑制し、これを制御する必要がある。以上を実現するため、TRIPs協定条項27−3bの再交渉が必要である。※
8 WTOが貿易紛争の是非の判定および判決を下すことを避けるべく、紛争解決メカニズムを、WTOの主催下から、独立機関もしくは国連の管理下へと移管させる必要がある。持続可能な発展の原則を尊重することが、あらゆる紛争解決のための最優先事項とされねばならない。
9 経済および貿易の倫理的傾向を改善すべきである。IMF、世銀および地域の開発銀行は、貧困国が負った債務を、持続可能な発展のための地域投資計画へと転換させることが必要である。
10 モラトリアム(支払猶予)が、将来多国間、地域間および二国間の貿易取引に適用されねばならない。あらゆる先進諸国の貿易問題がWTO協定の外部に残存しているか、当該の協定が極めて商業上弱いとみなされる場合、すべての主要先進諸国は、現在一定範囲の「貿易相手国」(WTO非加盟国を含めた)と貿易交渉を締結するため、破壊的競争に終始しているからである。
※TRIPs協定は、「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(Agreement on Trade-Related
Aspects of Intellectual Property Rights)」の略称で、WTO協定付属書1Cとして規定されているもの。
以上の「10か条」のうち、とりわけ第4条の「フェアトレードはフリー・トレード(自由貿易)ではない」や第7条の「人間にとっての必需品は単なる商品として扱われてはならない」といった指摘は、緑の政策スタンスを語る上で象徴的なものであろう。
EFAは、1994年のWTO設立の際に反対票を投じた。その理由は、以上の条項にも明記されているように、公正、人権および環境に配慮した政策がWTOルールに反映されていなかったためである。
7 まとめ
国際間の経済政策も、国内あるいは一地域における経済政策も、「持続可能性の原則」に則ったヴィジョンにもとづき、環境への配慮・人権(弱者)擁護・公正な分配という課題を最優先させることは、「緑」の政治勢力の基本主張であるとともに、将来のすべての世界の市民の緊急課題であると言っても過言ではないと思われる。その限りで、すべての地域自治体政策のあり方は、世界の標準政策と「密接にリンクしている」のであり、世界の将来の方向性を決める「決定要因」の一端を担っているとも言えるだろう。
※以上、時間の都合で、先ごろのカンクンでのWTO農業交渉関連の話は省略したが、むろん国内外の農業政策もまた自由化の大きな一連の流れに沿った重要ファクターであることは言うまでもない。
(2004年6月執筆)