リベラルな意識改革と生き方への処方箋
(大前提)
ア: リベラルな生き方の実現には、一個の人格としてのあらゆる個人のさまざまな個性・創造性に対する純粋な尊敬の念、または知的な関心をもつことが不可欠の前提となる。
イ: リベラルな生き方の実現には、エゴイズムでない個人主義、さらには形式主義でない合理主義的な見方・価値観が不可欠の前提となる。
ウ: 合理主義とは正義の論理=公正さを最重要視する価値観であり、そのときの感情や雰囲気に流されず、正しいことや客観的な真理を徹底して尊重し追求するという、純粋な真理への愛(哲学)にもとづいていなければならない。
エ: 正しいことや真理はいかなる社会的な常識通念や特定の人間の主観的な思想信条や価値観のなかにも存在しない。それはいっさいの利害や感情を抜きにした合理的な議論によって新たに発見されるものである。そのためにはあらゆる既存の社会生活上の常識や価値観や信念も疑ってかかる必要がある。
オ: リベラルな社会が実現しないのは、 さまざまな個人の思想や価値観が何らかの権威によって抑圧されているからである。それには、まず各人の日常の生活意識のなかにある、権威主義的な要素を取り除くことが先決である。権威主義とは、権威への忠誠や従順といった価値観も含まれる。個人においてリベラルな思想形成、思考の自由が確立されてこそ、新たな社会への改革志向や現状のあらゆる事態への批判が可能となる。
(処方箋の具体例)
1.ホンネとタテマエの使い分けをやめる。「私個人としては反対だが、上(組織)の決めたことなのでやむをえずしたがう」といったあいまいな態度をけっして取らない。問題があれば断固として指摘し、譲らない姿勢をつらぬく。
2.社会常識となっている固定観念を疑い、何が正義で真実か、ゼロから物事をながめてみる習慣をつねにもつ。
3.若者の自主独立精神やボランタリーな実践を阻害する「老婆心からの忠告」をやめる。
4.正義や善悪を無視し「既存の権威にしたがう」ことを奨励する「大人または社会人としての自覚」という歪んだ通念を捨てる。むしろ逆に、いかなる場面でも自己主張ができ、誰にも依存せず自主的な行動や判断ができる人間こそが「成熟した大人である」と評価される価値観をもつこと。
5.他人の言動に我慢して、自分だけを責めることをやめる。原因はあくまで相手の言動にあるのだから、徹底してそれを質さねばならない。
6.「日本人は勤勉である」「コツコツ努力すれば、いつかは必ず報われる」といった根拠のない、誤った信念を捨てる。
7.「人生は厳しい」「石の上にも三年」といった、誤った信念を捨てる。
8.相手への一方的な妥協や屈従をうながす「思いやり」「親切さ」「まごころ」といった偽善的な強迫観念を捨てる。相手への配慮や親切は他人や社会に強制されてやるものではない。心にもない言葉や親切はかえって相手を傷づけるだけであり、何の善き結果をも生みはしない。真に必要なのは、相手の立場にたって、相手が何をすればいいのかアドバイスしたり、相手の自立に助力してやる「目に見えない配慮」である。
9・「協調性」「みんなで仲良く」といった偽善的な通念を捨てる。
10.「けんか両成敗」といった非合理的な判断をやめ、最後まで徹底して真実を追及する。
11.「規律」「しつけ」「あいさつ」といった形式主義的な管理教育をいっさいやめる。生活規律は自分が自覚的に自分に課するものであって、他人に強制されたりルール化するべきものではない。
12.遅刻や早退・欠席に関して寛大になる。表面的な態度よりも中身を重視する。
13.他人の気持ちも察せず、高飛車な態度、命令や指示勧告をすることはいっさいやめる。
14.何事も「他人と平等に」という歪んだ平等観を捨て、個人の能力・努力・才能に応じた公平な評価をする。
15.年上や年下、先輩後輩、素人玄人、ベテランと新人、経験年数といった根拠のない非合理的な基準で個人の人格的価値を判断・評価することをいっさいやめ、誰しもゼロから公平な機会や評価をえられるように配慮する。
16.納得のいかないことに対しては、たとえ自分が損をしてでも、真相が明らかになるまでとことん究明・追及する。
17.つねに社会や物事のなりゆきに対して、批判的なまなざしをもって分析する習慣を身につける。
18.テレビや新聞の報道についても鵜呑みにせず、事実と評価とを明確に区別し、それに対する自分の見解をつねにもつように思考訓練しておく。
19.相手の意見に対する批判と相手の人格に対する非難・中傷とを明確に区別する。正当な論拠のある批判は大いに奨励し、寛大に受け容れ、異議のある場合はそれなりの説得力のある反論を忌憚なく述べる。他人に批判されると「内政干渉だ」といって反論するような独断的で幼稚な態度を振りかざすことをいっさいしない。
20.地位や性別、職歴や身分のいかんにかかわらず、話し合いの場では誰しもが公平に自己主張を何のためらいもなく述べられるようにする。「己の身分をわきまえよ」「自分勝手な発言・行動はするな」「迷惑をかけるな」といった発言はいっさい根拠のない、個人の自由を抑圧する暴力として退けられねばならない。
21.他人への迷惑をいちいち顧みて躊躇しない。人間はそもそもいかなる迷惑をかけずして生きられない。迷惑やとばっちりを受けるから控えろとか、言動を慎めといった発言は個人のボランタリーな自由を阻止する言葉の暴力であり、断固として排除されるべきである。
22.「郷に入れば郷に従え」といった高慢な横暴を捨てること。「私どもには私どものやり方がある」「こちらのルールにしたがってください」といった暴言をいっさい相手に対して強要しない。これらは個人の価値観や思考の自由を否定するものであり、また善悪や正義の基準を無視する非合理的な相対主義にもとづく価値観や行動の一方的な強制にほかならないからである。したがって「合わせる」「合わせない」「慣れる」「慣れない」といった基準で人間をみることはぜったいにやめる。
23.不必要な敬語での会話や業務上の敬語の強要はいっさいやめる。とくに不必要なこびへつらいを慣習化させ、権威者をより横柄にさせている「謙譲語」と「尊敬語」の使用を全廃する。
24.いついかなる場合でも、相手と納得のゆくまで対話するという姿勢を保つ。時間がないから、忙しいからといった手前勝手な理由で一方的に相手との対話を打ち切ろうとするような傲慢・不誠実なエゴイズム的態度はけっしてとらない。
25.自分の特権的な地位や権威に奢らない。明らかに相手に対する自分の優位を利用した強制的な物の見方や一方的な指示・命令・忠告をいっさい押しつけない。つねに対話は対等な立場で行われるべきものである。
26.約束した件についてはYES/NOをはっきりと表明し、「努力します」「頑張ります」「検討します」といったあいまいな発言でごまかさない。「いついつまでに何をどれだけやるか、またはやれるのか、やれない場合はどうするのか」まで明らかにできねばらない。(アカウンタヴィリティ=説明責任の実践の原則)
27.事態が失敗したり問題が起きた場合、非難したりとがめる以前に、なぜ失敗したのか、なぜ問題が起きたのかを明らかにさせること。また「あらゆる問題が起きないよう、つね日頃から気を配り、完璧を期す」といった方針をやめ、「もしこういう事態が起きた場合にはどういう行動をとるか」といった緊急事態に備えた方策をいろいろと考え、つねに臨機応変に対応できるようにする。人間は完璧ではなく、どんなに完璧にしようともミスを犯すものだという前提をまず承認すること。
28.仲間とひとり違うことをしたり違う意見を述べたからといって「ひとりよがり」「独断的」「わがまま」「偏屈」であるという見方をけっしてしない。個人の意見は正当性や説得力の度合いによって純粋に評価されるべきであり、誰が述べたかではなくどんな意見を述べたかで正当に評価されなければならない。
29.「長いものに巻かれろ」といった大勢に流されず、正しいと思う限り、いついかなる場においても自分の確固たる信念を貫き通せること。同様に相手の様子をうかがってから自分の身の振り方を決めたりしない。相手の判断を待ったり求めたりしてはいけない。
30.相手の能力や才能や幸運に対して敬意を払えども、けっして嫉妬しない。また自分の能力や才能や幸運を過信したり、相手にひけらかしたりしない。
31.自分たちだけが理解したり持ち合わせているいかなる情報も、請求されればつねに公開する準備があること。「必要ない」「関係ない」かどうかは他人が判断するものであり、自分たちで判断できるものではないから言い訳にすぎない。(情報公開の原則)
32.個人の行動に対して「誰に断ってやっているのか」「誰の許可を得たか」といった、個人の自主性を非難し阻止しようとする根拠のない暴言をぜったいに言わない、許さない。本来個人の自主的な行動や判断は発言は、誰の許可があればいいとか、必要だとかいったことからいっさい無関係である。しつこい場合には、「自分の許可を得ているのだ」と堂々と反論すればよい。
33.自分の意見と異なる意見をもつ個人、ときには正反対の意見や性格や態度をもっている個人を排除したり無視したりせず、逆にそれを評価・尊重し、知的な関心を向け、対話的な姿勢で接するようつとめる。
34.「思いやり」「やさしさ」「いたわり」といった無責任で無節操な言葉遣いを一切やめる。また答弁に際しては「随時検討中の段階」とか「ますますの向上に努めてまいります」といった曖昧な弁解文句を言わない。自分の発言内容に対しては、具体的に5W1Hをはっきりさせ、できるだけ誠意をもって相手に説得力ある言葉で伝えられるよう、創意工夫を心掛ける。
35.自分がいかなるグループ、組織、集団、クラブの成員に属している場合、たとえ一時的でも新しく自分の意志でその場に加わった人たちを、間違ってでも「どこのどいつだ」といった白眼視で相手をみつめたり無視したり冷遇することなく、その意志を尊重して心から歓迎し、オープンにもてなそうと努めること。さらに「新人は黙っていろ」といった態度ではなく、「傍目八目」の観点から、その新しい人たちの意見を必ず尊重し、参考にしようと努めること。古参の仲間ばかりで場を独占したり、外部の人間に対して閉ざされた態度をけっしてとらないこと。
( 随時追加予定 )
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